「MATSURI NIGHT!」とは、マーストリヒト在住のDJ、ZUSI_NUさん主催のクラブイヴェントである。11月に出演したアムステルダムのクラブイヴェント「CLAB
VEGAS Ver. TOKYO」に来場していたZUSIさんが「ぜひMATSURI NIGHT!に来て演奏して欲しい」と声をかけてくださり実現した。
実のところ、このMATSURI NIGHTというイベントがどういったものかは良く知らなかったのだが、彼女との電子メールのやりとりの中で送られたチラシは次のようなものであった。
「MATSURI NIGHT」というタイトルから、日本を意識したイベントであることは予想していたが、まさか日の丸とは。
さて、ここでマーストリヒトについて簡単に説明しよう。マーストリヒトは、アムステルダムから電車で約2時間30分、ベルギーとドイツの国境に接しているオランダ東南端の町で、料理が美味しいことでも知られている。
会場のボンネファンテン美術館には、マーストリヒトの歴史に関する展示の他、ブリューゲルやルーベンス、さらに現代作品のコレクションがある。
左:マーストリヒトのマース川
手前のボートは実はホテル。船を改造してホテルとして再利用している。
当日はここに宿泊した。
右:ボンネファンテン美術館
21時の開場に向け、19時頃から準備が始まった。だが、ZUSIさんの持つ日本のイメージは、私の想像の範囲をはるかに越えたものである。準備中の写真をご覧頂きたい。
いたるところに飾られた日の丸
左:鳥居も飾られている。
右:本番直前には、鳥居の上にろうそくまで飾られた。
小さなシュークリームに立てられた日の丸。旗の文字は「生クリーム寿司」。
寿司の代わりだそうだ。
手前に映っているのは、中国のお菓子。ZUSIさんの日本のイメージには中国も混ざっているのだろうか。
まだまだ続く。イヴェントの受付では、「5 mizu」と書かれた紙が配られていた。これは何か、ZUSIさんに訊ねた。「これは、このイヴェント専用の通貨よ。『MIZU』は『WATER』という意味でしょう?私、水が持つ透き通ってて美しいイメージが好きなの。だからイヴェントの通貨の単位にしたのよ。」
さらに、ビニール袋に入れられた葉っぱも配られている。怪しい葉っぱではない。ごく普通の葉っぱである。「これは、日本の神道に影響を受けたの。神道では、あらゆるものに神様が宿っているという考えがあるのでしょう?こんな小さな葉っぱにさえもね。だから、お客さんひとりひとりに葉っぱを配って神様を感じてもらいたいのよ。」
もはや私は返す言葉もない。開場前の忙しい時だったこともあり、あまり突っ込まないでいたが、内心、驚きと笑いで一杯であった。ZUSIさんはいたって真面目である。
さて、いよいよ開場した。来場者は40人程度。意外に多い。ある方は、5mizu券でSAKEを注文していた。プラスティックでできたお猪口に日本酒を注がれると、「え?こんなに少ないの?」といった顔をしている。味の評価は、人によってまちまちのようだ。
ZUSIさんも、DJとしての本格的な仕事に入った。映画「KILL BILL」のサントラのド演歌やRYUICHI
SAKAMOTOのレコードなどを織り交ぜた、何とも言えない空間(しかも、壁にかけられたスクリーンには、小津安二郎フィルムが終始流れている)が立ち上がった。
左:今回の演奏で使った楽器。いつもと特に変わりははないが、日の丸の上に置いていると言う点のみ、初の試み。
右:演奏中。この日の演奏は、私のソロと、三宅珠穂(テルミン)とのデュオ。
後で知ったことだが、このMATSURI NIGHTは定期的なイヴェントではなく、今回が初の試みなのだそうだ。
幸いにもイヴェントは大成功で、ZUSIさんは「とても評判が良いから、またやりたいわ。もっと大きな会場でやるのも良いわねえ。」と盛り上がっておられる。その時、ZUSIさんの持つ日本のイメージについて、何かアドヴァイスをした方が良いのか、そっとしておいた方が良いのか、迷うところである。
ところで、私は個人的に、こうした「イメージの食い違い」には大変興味がある。1年ほど前の話になるが、広島市の映像文化ライブラリーで「西洋人が見た東洋」というレコードコンサートの解説をつとめたこともあった。その時も感じたことだが、「文化イメージの食い違い」は、時として極めて面白い結果を生む。
日本について「ん?」と思わせるイメージを抱いている外国人は少なくないが、今回目の当たりにしたイメージは、すさまじい驚きと笑いに満ちたものであった。だが、一般的なヨーロッパ人が持つ「日本のイメージ」とは、いわゆるこういったものなのかも知れない。もちろん、ZUSIさんの持つイメージだけをヨーロッパ人全員の持つイメージとして受け止めるわけにはいかないが、ZUSIさんと似たようなイメージを持った方が多いことは、オランダに来て実感したことのひとつである。
最後になるが、結果的に、このイヴェントと私のその日の即興演奏は、とても合っていたと感じる。私の演奏は、時として能や狂言、民謡などの日本の伝統音楽から影響を受けた声を発することがある。実際、その日の私の演奏も、意識してそういった日本的なイメージを想起させる音楽にしたのだった。しかし、私はこれまで一度も日本の伝統音楽を本格的に学んだことがないため、その影響は本質的なものではなく、極めて表面的なものだ。表面的な影響のみによる私の演奏(それ自体が良いか悪いかは別問題である)は、まるで外国人が日本のイメージを自由に(時には誤解して)抱いていることに似ているではないか。
2004年12月2日 マーストリヒト、ボンネファンテン美術館、イパネマカフェ