音楽は、かつての経験をよみがえらせることがある。
「重唱名場面」と題された本日の演奏会も、そのような音楽に属するのだろう。
音楽とともに思い出される名場面。
今ここに在る音楽との狭間で、軽い混乱に酔う。
一方、もうひとつの味わい方がある。
それは、ただ、「歌を聴く」こと。
心動かすのは、名場面ではない。
きわめて新鮮な感情である。
新しい歌を、聴く。




第1部  W. A モーツアルトのオペラ

T.『フィガロの結婚』より
 1、No.16 二重唱 「酷い奴! なぜにじらすのじゃ」


 伯爵は喜んでいる。
 たいそうな喜びようだ。
 だました相手がこんなに素直に喜んでいては、少々気が引けてしまうような気もするが、スザンナは容赦しない。徹底的に喜ばせる。



 2、No.20 二重唱 「手紙」

 いんちきラブレターを考えるふたり。
 こういうことは、ひとりよりもふたりの方が、盛り上がる。
 筆は進む。


U.『コシ・ファン・トゥッテ』より
  3、No.6 五重唱 「別離の時が来た」


 別離の時が来た。恋人は戦場へ行ってしまう。

 しかしこれは、男たちが仕掛けた茶番である。
 自分への愛は、本当に永遠なのか。
 悲しみを訴える恋人たちを横目に、彼らは、あまりにも危険なゲームを全力で演じる。



V.『ドン・ジョヴァンニ』より
  4、No.7 二重唱 「さあ、手をとりあって参ろう」


 2065。これは、ドン・ジョヴァンニが、口説き落とした女性の人数である。
 今日もせっせとツェルリーナに手を出している。



W.『魔笛』より
 5、No.1 序奏 「誰か早く助けて! 恐ろしい大蛇が!」

 大蛇に襲われたタミーノを助けた3人の侍女。
 彼女たちは、気絶した美青年の見張り役をやりたくて仕方がない。
「うちがここにおったげるから、あんたら報告に行ってきんさい。」

「いや、うちがここにおるから・・・・・・」
「いや、ここはうちが・・・・・・」



  6、No.5 五重唱 「フム、フム、フム」

 口に鍵をかけられて、話が出来ないパパゲーノ。
 ようやく鍵を解かれたと思ったら、タミーノの旅のおともを命ぜられ、恐ろしいザラストロの城へ行く羽目に。 



第2部

1、オッフェンバック作曲『ホフマン物語』より「舟歌」


 恋の夜。
 繰り返されるリズムに乗せて高まる心に、言葉は失われていく。



2、マスカーニ作曲『友人フリッツ』より 二重唱「さくらんぼ」

 ふとしたきっかけから、相手を見る目が変わることがある。

 付き合いが長ければ長いほど、その動揺は大きい。

 スゼルにときめいたフリッツの、快い動揺が描かれている。



3、フンパーディング作曲『ヘンゼルとグレーテル』より 
  二重唱「お菓子の家だ!」


 罠は、魅力的でなくてはならない。


第3部

1、ベッリーニ作曲『ノルマ』より 二重唱「皮肉な運命よ」

 同じ男を愛した二人。
 思い詰めると見境のないノルマ。何をしでかすかわからない恐ろしさが漂っている。
 彼女のようなタイプには、周囲の人が気を使わなければならないのが常であろう。アダルジーザも例外ではない。


2、ヴェルディ作曲『リゴレット』より 二重唱「さあ、話してごらん!」

 傷つき、涙する娘。父親にはもうわかっている。
 それでも彼は訊ねる。「さあ、話してごらん」
 娘の傷を少しでも慰めるために。
 そして、自らの復讐心を深く刻み付けるために。



3、ビゼー作曲『カルメン』より 二重唱「手紙」

 ホセの母親からの手紙を持ってやってきたミカエラ。
 手紙と一緒にことづかってきたのは、母親からのキス。

 キスに自分の想いを託すミカエラと、故郷の母に思いを馳せるホセの微妙な二重唱。



4、ビゼー作曲『カルメン』より 三重唱「カルタ取り」

 カード占い。
 ただの遊びとはわかっているが、結果によっては次第に熱が入る。
 
死への暗示。
 狼狽するカルメン。



5、ヴェルディ作曲『ドン・カルロ』より 二重唱「誓い」

 義理の母となったエリザベッタへの恋心を打ち明けた、ただ一人の親友ロドリーゴ。

 かたい友情。「生も死も共にしよう。」と誓い合う。
 しかしそこには、少し危険な愛が漂っているようにも見える。
 興味深い。




名場面集。
総合芸術から一部分を切り取ったものである。
しかし、その魅力は減ぜられたものではない。
一部分を切り取ることによって、違う魅力をまとっている。
物語や演出が限られる分、感覚は鋭敏に歌へと向かうのだ。

歌い手たちは、表現の内奥にあるものを探る。
我々もまた、そこから何を聴くかを探る。
心を澄まそう。

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HIOS 名作オペラより"重唱名場面"
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2002年4月29日 NTTクレドホール
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