ドビュッシー:第1狂詩曲               
C.Debussy:Premiere Rhapsodie        


 ドビュッシーは1862年生まれのフランスの作曲家である。
 音楽大学でのアカデミックな作曲の授業に反発していた彼は、常にあたらしい音楽を指向していた。彼の興味は、詩や絵画、東洋の芸術にも及び、みずからの耳と感性をよりどころとした独特の作風は、後の作曲家にあらゆる意味で多大な影響を与えている。彼を抜きにしては、20世紀の音楽を語ることはできない。
 
 『夢見るようにゆるやかに』
 作品の冒頭にはこう記されている。この言葉ほど、この作品を表現するにふさわしい言葉はないだろう。
 輪郭のあいまいな音響がゆっくりと立ち現われる。響きの表情は、聴き手の意識にはっきりと定着しないまま現われては消え、とらえどころがない。夢。それはまさに夢である。
 クラリネットの表情豊かな旋律は、技巧的であるにもかかわらず、おしつけがましさを感じさせずに、ピアノと一体となって空間にただよう。
 しかし、音楽はその後、しだいに聴き手の記憶に訴えるようになってくる。再現される旋律は、しだいにはっきりとした輪郭を帯びてくる。そして音楽は、少し手触りのある現実感を持った響きへと変化してゆく。最後には、高らかに歌い上げるクラリネットの旋律と、強烈な印象を持ったピアノの一撃の和音によって曲を閉じる。

 この" 第1ラプソディ" は、1910年、パリ音楽院のコンクール課題曲として作曲され、翌年に公開の席で初演を行ったクラリネット奏者ミマールに捧げられている。



シューマン:アダージョとアレグロ 変イ長調 作品70          
R.Schumann:Adagio and Allegro As dur Op.70   
         

 『ロマンティック』
 シューマンという作曲家は、この言葉のイメージを強く連想させる。
 彼が活躍した時代は、音楽史上『ロマン派』という区分がなされる。ロマン派とは、文学から始まった個人の感情表出に重きを置く芸術運動であり、彼自身もそうした芸術の旗手のひとりであった。
 『ロマン派』も『ロマンティック』も、元は同じ言葉であるが、ここではあえて『ロマンティック』と言わせていただこう。なぜなら、それは彼の美学のみならず、音楽や人間像にもふさわしいと思えるからである。この" アダージョとアレグロ" にも、そうした情感あふれる彼の本領が、ぞんぶんに発揮されている。
 作曲されたのは1849年。記録によると、『2月14日から17日にかけてドレスデンで作曲された』とある。4日間である。これは驚くべき速さと言える。彼のこの時期は、わずか3か月間の間におびただしい作曲をこなしたことから、『多作期』と呼ばれている。
 ホルンとピアノのために作曲された作品であるが、ホルンのパートをヴァイオリンやチェロで演奏することもゆるされている。本日はチェロで演奏される。
 
 アダージョ 変イ長調 4分の4拍子。ゆっくりと、心からの表情を持って。
 まず、冒頭にチェロの旋律が現われる。
 この短い旋律は、この章全体にわたり、少しずつ形を変え、色を変えてちりばめられる。チェロとピアノは、お互いに旋律を受け渡しながら一体となってすすんでいき、聴き手を深みへと引き込んでいく。

 アレグロ 変イ長調 4分の4拍子。急いで、そして燃えるように。
 冒頭の旋律をどういう言葉で表わしたらよいだろうか。大胆で、力強くて、スピード感があって、それでいて表情豊か。しかしどんな言葉を並べるよりも、ぜひあなた自身の耳で実際に体験していただきたい。
 音のエネルギーは止まるところを知らない。いったん終わったかのように見えた旋律が、同時に次のパッセージの始まりとなり、力強く音楽を引っぱっていく。『少し静まって』と指示のある中間部でも、しだいにエネルギーは高まっていき、音楽は再びダイナミックに展開する。コーダでは、さらにテンポと勢いを増して、曲の終わりへと向かっていく。
 始めから終わりまで、ひといきで歌い切ってしまうかのような音楽である。勢いに身をゆだねて、音楽に導かれるままに聴こう。



シューマン:ピアノ四重奏 変ホ長調 作品47              
R.Schumann:Piano Quartet Es dur Op.47   
           

 本日2曲目のシューマンである。
 前半の"アダージョとアレグロ" よりさかのぼること7年、1842年に作曲された。編成は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノの四重奏で、4つの楽章からなる。本日は、1、3、4楽章が演奏される。
 
 第1楽章 ソステヌート・アッサイ 変ホ長調 4分の4拍子。
      〜アレグロ・マ・ノン・トロッポ 変ホ長調 2分の2拍子。
 弦楽器が静かで深みのある旋律を奏で、ピアノはそれに答える。速度を落とし、流れがいったん停止した後、力強い最初の主題が現われる。
 主題とは、ここでは旋律である。最もめだって何度も出てくる旋律がそれである。曲中に登場する主題の数々を記憶に留めておくとよいだろう。この作品では、主題の操作の妙が大きな魅力となっているからである。手を変え品を変え、さまざまなかたちで登場する。
 各楽器は独立し、交代で主役を受け渡していくが、そのままでは終わらない。ときおり各楽器が一体となって響きをつくり出すことによって、対照的な効果をあげている。
 こうしてみると、シューマンの作品がいくら感情的に聴こえても、その創作にはたいへん知的な操作がひそんでいることに驚かされる。聴き手の意識や心理にまで気をくばり、聴き手を音楽の深みに引きずり込んでいくシューマンの腕前が、ぞんぶんに発揮された作品である。

 第3楽章 アンダンテ・カンタービレ 変ロ長調 4分の3拍子。
 カンタービレとは、『うたうように』という意味である。この楽章では、シューマンのロマンティックで情緒的な面が強調されている。
 まず、チェロが綿々と奏する旋律に耳をかたむけよう。この美しい旋律、これこそがこの第3楽章の大きな魅力となっている。旋律はまもなくヴァイオリンに受け継がれ、チェロとの美しい2重奏を奏でる。
 やがて、新たな旋律が登場する。いや、登場するというよりも、我々の方がそこへ導かれると言ったほうがよいだろうか。それほどにこの音楽は、自然な流れの中ですすんでいくのである。そして、この部分もまた優雅で美しい。
 その後、音楽はふたたび始めの旋律を奏でる。各楽器がそれぞれの持ち味を生かし、たっぷりと歌い上げる。
 カンタービレ!

 第4楽章 ヴィヴァーチェ 変ホ長調 4分の3拍子。
 第3楽章で心を休めたあとは、ふたたびスリリングな音楽が始まる。第1楽章と同じく、主題の操作が絶妙な楽章である。もっとも勢いのあるこの楽章は、主題の巧妙な操作とともに、音楽のエネルギーの操作も忘れていない。高まったエネルギーは、全曲中もっとも輝かしい頂点を築き上げ、曲を閉じる。

 最後になるが、この曲は、ぜひ目を開き、しっかりと演奏者を見ながら聴いていただきたい。演奏を目で見ることによって、演奏者の息づかい、各楽器を駆けめぐる主題、各パートの関係性までも見えてくるはずである。これは、録音されたCDなどではなかなか味わえない、生演奏ならではの魅力のひとつである。この作品は、そういった魅力を味わうにじゅうぶんな作品である。



ユーボー:ソナタ               
J.Hubeau:Sonata


 ユーボーは1917年生まれのフランスの作曲家である。
 ピアニストとしても知られ、パリ音楽院の室内楽の教授をつとめた。
 この作品はトランペットとピアノによる3曲から成るソナタである。

 第1曲 サラバンド
 広大で奥行きを感じさせるトランペットの旋律が、伸びやかに放たれる。ピアノはそれを支え、彩る。
 旋律は、行き先を感じさせない。強弱を変え、聴き手の音の距離感に訴える。時には近くから、時には遥か遠くから聴こえてくるような、そんな音響に酔える。音楽は、空間を満たすことで、もはや充分であるかのように、どこへも行かずにしずかに終える。

 第2曲 アンテルメド
 音楽は一転する。第1曲とはまるっきり関係のないユーモラスな旋律に驚かされる。トランペットとピアノは楽しげにたわむれる。第2曲もまた、音楽はどこへも行かない。その場の空間を満たして閉じる。

 第3曲 スピリチュアル
 「聴いてる人を幸せな気持ちにさせてくれる音楽だね。」
 ある音楽家は、この曲を聴いてこう言った。なるほど、古風なジャズの影響がうかがえる旋律が、どこか懐かしく、安心して聴くことができる。
 ここにきて、3曲から成るこのソナタをあらためて眺めてみると、この安心感こそが、ユーボーのねらいではないだろうか。展開を期待せず、ただ、その音楽に満たされた空間の雰囲気にひたって聴くことが、この作品の醍醐味であるかのようである。
 彼がこの作品を書いたのは、1943年。第2次世界大戦のさ中である。世界中に暗雲がたちこめ、人々は疲れた毎日を送っていた。この作品から感じられる安心感は、こうした時代背景と深く関わっているような気がしてならない。

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エリザベト音楽大学同窓会呉支部による
エリザベトコンサート
2001年5月13日 呉文化ホール
※本演奏会の作品解説は、植本伸子先生と共同で制作いたしました。
 このページには、寺内が担当した解説のみを掲載しています。
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